2016年12月14日水曜日

義士まつり

 今回のブログ締め切りは、1214日とのこと。そうなると、討入の話題にせざるを得ない。(そんなことないやろ、という突っ込みが聞こえてくるが。)各地で四十七士を偲ぶイベントが開催される日であるが、ここ山科でも義士まつりが開催される。山科は、大石内蔵助が討入前に隠棲した地として有名である。岩屋寺付近に住んでいたが、その正確な場所はわかっていないそうだ。また、あまり知られていないが、毘沙門堂の門前に瑞光院というお寺があって、四十七士の遺髪が埋葬されている。このお寺は、もとは、京都市内は堀川鞍馬口付近にあったそうで、元禄時代にはそこの住職が、浅野内匠頭長矩の妻であった瑤泉院と族縁に当たることから、浅野家の祈願寺となった。(お寺の説明看板による。)元禄14年(1701)、浅野内匠頭が江戸城で吉良上野介に忍傷に及んで切腹した際、同寺に供養塔が建てられた。そして2年後に打入りを果たし、大石内蔵助らが切腹した後、その遺髪が寺内に葬られたとのこと。瑞光院は、昭和37(1962)に山科に移転して現在に至っている。そういった縁もあって、毎年1214日には義士まつりが開催されるのであろう。

 とはいえ、私が小学生の頃にはそんな行事はなかった。今年は第42回というから昭和49年(1974)から開始されたことになる。山科地区の一般の人が、大石内蔵助など四十七士に扮して毘沙門堂から岩屋寺まで練り歩く。四十七士ではないが、瑤泉院やおかるといったゆかりの人物も歩く。途中で、子供(幼稚園児)達が、子供歌舞伎も披露する。写真でもわかるかと思うが、東映太秦映画村も協力して衣装をそろえる。なかなか本格的である。見物客も多く、すっかり名物になった印象である。しかし、最近は資金不足で寄付も必要なようで、いずこも大変だなと思ってしまう。
 
太田 20161204日 




毘沙門堂出発!
どうでもよいが、この場所(正確には写真右下付近)は、
鬼平犯科帳最終回の冒頭シーンの場である。





2016年12月2日金曜日

「天才の生まれる風土」とは?

 先日、たまたま手にした藤原正彦著『国家の品格』(新潮新書)の中に、興味深い記述を見つけました。
 「天才は人口に比例してあちこちから出現しているわけではない。どんな条件がそろうと天才が生まれるのか」という問いを携えて、藤原氏は天才数学者の生まれ育った故郷を訪ね歩きました。そして、天才を生む土壌には三つの共通点があることに気づいたのです。その第一条件が『美の存在』。インドが生んだ天才数学者、ラマヌジャンが育ったクンパコナムという田舎町を訪ねて、その確信を深めたといいます。そしてこう書いておられます「このクンパコナムの周辺からは、ラマヌジャン以外にも天才が出ています。二十世紀最大の天体物理学者と言われ、ノーベル賞ももらったチャンドラセカール・・・(中略)・・・も半径三十キロの円に入るくらいの小さな地域の出身です。その土地に存在する美が、天才と深い関係にあるのは間違いないと思います」。
 チャンドラセカールは、「ブラックホール天文学」という学問分野を創始した人といっても過言ではないでしょう。その原点が美しい田舎町にあったと知って、妙に親近感を覚えたのでありました。
 さらに藤原氏は、日本はその『美の存在』する国であると論を進めるのでありました。まさにその通りだと実感します。写真は数年前、5月半ばに長野県の上高地を訪れたときの写真です。まだ観光客も少なく、草木がようやく長い冬の眠りを終え芽吹き始めたころ、朝の散歩をしていると、樹上では小鳥がすんだ声でさえずり、地上ではニリンソウが慎ましやかに緑の絨毯に白いアクセントをつけています。とうとうと流れる梓川の川辺からふと見上ると、穂高連峰が朝日に美しく映えていました。まさに『美の存在』体験でした。
(嶺重 慎)


5月の上高地風景

2016年11月4日金曜日

いいかい ぼうや

 お空をふく 風が知ってるだけだ(野上彰 訳詞とのこと)とともに how manyseas must a white dove sail 等と暗唱し、鳩はドウヴとは言わないんだなあ、ダヴってラヴと同じ読み方だなあと、リベラルの英語の先生に習いジョーン・バエズの歌を聴かされていた中学校時代を、懐かしく思い出しています(その頃はボブ・ディランという人が作ったとはほとんど認識していませんでしたし、ピーター・ポール・アンド・マリーも知りませんでした)。その授業のおかげで、ノーベル文学賞の人の作品を初めてすらすらと暗唱できる(その後読んだものだと、トンネルを抜けるとそこは雪国、だったか、国境の、から始まったか等はいつもわからなくなるもので・・・)ことになりました。リーダの長田です。

 恒例の出前授業に、岡山県浅口市の寄島中学校へと行ってきました。1学年1クラスの小さな中学校で、生徒の皆さんがとても素朴な感じで私は大好きになりました。「宇宙人はいますか」といった質問とともに、「先生はどうして天文学の道に進んだんですか」という質問を受けました。夜空を見ていてとても星がきれいだったから、そしてまだ小学生だったものの親にねだってねだってねだって天体望遠鏡を買ってもらったから、ではあるのですが、実はその望遠鏡が粗悪品で、今ではとても売っていないようなひどい代物だったと私は思っています。たぶん安月給の親が小学校の子に簡単に買える値段だったので仕方ないのかも知れませんが、パッと見の格好だけはまともな感じで、そして「倍率100倍!」というのが売りのものだったのだと思います。

 しかし、ファインダーのたぐいが一切ありませんでした。単なる照準の目印のようなものさえ付いていませんでした。そして、口径が40 mmで対物レンズの焦点距離が800 ㎜にもかかわらず、8 ㎜という接眼レンズ一つしかついていません。三脚付き経緯台とは言うものの、細い木でぐらぐらの三脚と、まったく回転させることを考えていない(固く締めるか緩めるかだけの芯があるだけの)高度軸と、ぐらぐらの軸に横からネジを立てて固定するだけという水平軸でした。これではお月さまを見るだけでも相当大変でした。これを買った人のいったい何人が繰り返して空を見る気になったでしょうかねえ。

 ところが子どもの執念恐るべし、やっぱりガキというのは時間もあるしそればっかり考えているので、いろいろ工夫したり天文雑誌を立ち読みしたりして、何とかかんとか土星の輪を見たり木星の縞模様を見たり、色消しの対物レンズを分解して2枚を逆向きに組み立てると全然まともな像が見えなくなるのを痛感したり、どんどんのめり込んで行きました。

 ・・・そして私は How many roads must a man walk down と聞いたらわかるんだけど、普通に roads という発音を聞いたら「どれだけ多くの重荷 loads なのかなあ」と誤解したりしつつも、今週も通勤中に「英語で読む村上春樹」をイヤホンで聞いています。考えてみればNHKラジオ第2の英語を聞くという習慣も中学生の頃についたもので、そういう意味では若い時に(良い望遠鏡を買ってもらえるという経験でなく、ひどいのを買ってもらうというのであっても、いや、そんなのこそ)いろいろな経験をするのが良いんじゃないかなあ、と思っています。大学のセンセが訳のわからんことをしゃべって帰ったなあ、であったとしても。

 さて、若いのは素晴らしいかも知れないけれど、上記のNHK番組で読んできた「パン屋再襲撃」、発表後30年近くも経ってからたぶんジェイ・ルービン訳のThe Second Bakery Attack に影響を受けて(?)「再びパン屋を襲う」という作品へと改稿するという村上春樹さんもなかなか若さを失っていないように思います。見ならわないと。


岡山県浅口市立寄島中学校(ウェブのページより)








2016年10月21日金曜日

学生と元学生の結婚披露宴

1016日の日曜日、宇宙物理学教室のD2の学生と、同級生で修士まで宇宙物理学教室に在籍し、民間企業に就職した学生の結婚式に参加してきました。二人とも学部4回生のときに、上田准教授と私が指導している卒業研究を取り、修士に進学して、男性の方は上田さんを指導教員とし、女性の方は私が指導教員になりました。男性の方は今も博士後期課程の学生なのですが、私からすると共同研究者の立場です。今年の1月に私の指導するM1の学生がブラックホールX線連星についての論文を、Natureに主著者として出版した際、X線のデータ解析や解釈について非常に大きな貢献をしてくれました。

そういう関係だったので、披露宴では生まれて初めて「主賓」として、最初のスピーチをするという経験をさせて頂きました。大学教員をしているといつかはあると聞いていたのですが、いやー、どういうことを話したらよいのか考え込んでしまうものですね。ここでダダスベリしてしまうと台無しにしてしまうかもしれないし、でも笑いを誘うところを入れないわけにはいかないし、よくあるような説教臭い話は柄ではないし、、、結局頭の中では1ヶ月くらい考えていました。最終的には私なりに二人の人柄の紹介もできたし、少しの笑いも起きたし、無難に済ませられたのでよかったのではないかと思ってます。パワーポイントを使わずに人前で喋るのは久しぶりでしたが、カンペを見るのも嫌だなあと思って作らずに行ったら、話そうとしていたことの2割くらい喋り忘れてしまいましたが。

しかしまあ、披露宴というのはいいですね。よい会場、美味しいお酒と料理、皆さんの和やかな祝福の雰囲気、そしてなにより新郎新婦のいい笑顔!とても楽しませてもらいました。お二人さん、末永くお幸せに!写真はこの披露宴のウェディングケーキです。

サイエンス・広報担当

野上








2016年10月7日金曜日

伝説の鏡・レンズ磨き和尚 木辺成麿氏

 最近(2016年6月17日)、名古屋のCBCテレビの取材を受けました。鏡・レンズ磨きの名人のお寺の和尚さんとして有名な木辺成麿氏(1912-1990)を取材した古い50年前のテレビ番組のビデオテープが見つかり、それを元にした番組を作りたい、ついては木辺氏が納めた鏡があるはずの花山天文台で取材したい、との理由でした。実は数年前にもNHK滋賀局より、滋賀出身の木辺成麿氏に関する取材をしたい、ということで、花山天文台に取材カメラが入ったことがあります(そのときの番組の放映は2013年12月13日)。
 亡くなって30年近くもたってなお、テレビ番組で特集番組が作られる木辺成麿氏とはどんな人物だったのでしょうか?
 Wikipedia で調べると、「木辺 宣慈 (きべ せんじ、本名:成麿(しげまろ)、1912年4月1日 - 1990年5月2日)は、日本の浄土真宗木辺派本山・錦織寺の僧侶、真宗木辺派21代門主。光学技術者。レンズ磨きの名人として知られ、「レンズ和尚」と呼ばれた。京大文学部卒業。吉川英治文化賞受賞。著書には「反射望遠鏡の作り方」などあります。
 ちなみに数年前に、京大総合博物館で特別展「明月記と最新宇宙像」を開催したとき、国宝明月記を冷泉さんにお借りするために初めて冷泉貴実子さん・為人さんご夫妻にお会いして面談中、何かの話の流れで木辺さんの名前を言いましたら、「木辺成麿さんは私どもの親戚ですよ」とえらく喜んでくださいました。

 個人的なことから話をすれば、私にとって木辺成麿氏の名前そのものは、学生のころから知っていました。私は京大理学部4回生のとき(1976年)、課題研究S2のゼミで、久保田諄先生(非常勤講師、当時、大阪経済大学助教授)から花山天文台太陽館で黒点磁場測定の指導を受けたのですが、その頃、久保田先生から、この鏡は鏡磨きの名人の木辺成麿和尚が作成したものだ、というような話をしょっちゅう聞いていたのです。それで「木辺成麿」という名前は良く覚えていました。しかし、当時は望遠鏡にも花山天文台の歴史にもほとんど興味はなかったので、木辺成麿氏とはどんな人か、というのは全く知りませんでした。
 附属天文台の台長になって色んなゲストの方に花山天文台の見学案内をしなければならなくなって、次第に望遠鏡や花山天文台の歴史にも興味がでてきました。80をすぎたゲストのおじいさんが「子供のころから花山天文台に来るのが夢でした」とか、「中学の頃、花山天文台の観望会で見た土星の美しさに感動して理科の先生になった」という話を聞くにつれ、花山天文台の歴史のすごさを感じるようになったのです。
 それで色々調べてみると、木辺さんは子供のころ、花山天文台初代台長の山本一清博士が始められた天文同好会に参加し、山本博士の教えを受けたそうです。天文学者になりたかったが、実家が有名なお寺なので、それは許されなかったのだとか。自分で望遠鏡を作りたいと思い、鏡磨きの名人の中村要さんに弟子入りして鏡を自作できるようになったころ、中村さんが29歳の若さで突然死亡(自殺、1932年)。その後は中村要さんの志を引き継ぎ、京大花山天文台のために大きな鏡をいくつか磨かれました。また木辺さんが作成した多くの鏡やレンズは日本のアマチュア天文家のために大いに役立った、とのことです。(生涯、3000枚の鏡を磨かれたそうです(佐伯恒夫、天界、1990年7月号))。
 数年前、NHK滋賀の取材電話で、「木辺成麿さんは花山天文台のどの望遠鏡の鏡やレンズを作られたのでしょうか?」、という質問を受けたとき、私には全く答えられなかったので、当時お元気だった西村有二さん(当時、西村製作所社長)に電話して教えてもらいました。
 「木辺さんが作成されたのは、
  1)太陽館の70㎝ シーロスタットの2枚の平面鏡 
  2)同じく太陽館の50㎝ 凹面鏡
  3)ザートリウス18㎝ 屈折望遠鏡のガイド鏡レンズ(12.5㎝)
  4)シュミット鏡(60㎝)(倉庫の中)
  5)飛騨天文台の60㎝ 反射望遠鏡」
とのこと。早速、それをそのままNHK滋賀の記者さんに伝えました。
 調べると、60㎝ 反射望遠鏡は最初は花山天文台に設置され、月面地図つくりの国際共同観測に活躍した、ということもわかりました。60 cm 反射望遠鏡は飛騨天文台開設(1968)に合わせて飛騨に移設され、飛騨天文台最初の望遠鏡として、月・惑星観測に活躍しました。野上君が飛騨天文台に着任(2000年)後は、突発天体観測用としてよみがえり、野上君によって60 cm反射望遠鏡で観測されたガンマ線バーストの可視測光データがNature 論文(Uemura, M. et al.2003)に貢献しています。これは飛騨天文台発の初めてのNature 論文と言えます。
 CBCテレビ局で見つかった古いテレビ番組には、木辺成麿さんが花山天文台の天体望遠鏡用の60 cm鏡を研磨している様子が鮮明に映っています。また番組の最後には鏡が花山天文台に納入されたところで終わっています。放映された番組を見ますと、古いテレビ番組が作られたのが、1966年、木辺さんが54才のころです。花山天文台太陽館ができて5年目のことでした。番組中の一コマを図に示します。
 実は木辺成麿さんのお顔を拝見したのは、このテレビ番組が初めてでした。手元に花山天文台50周年記念祝賀会(1979年)の集合写真があるのですが、最初はそこに木辺さんが写っているかどうかすら、わからなかったのです。しかし、このテレビ番組のおかげで、木辺さんも確かに写っていることが判明しました。花山天文台の重要な望遠鏡の鏡やレンズを作成した木辺さんが50周年記念会に招待されないはずはない、という確信が証明されて嬉しく思っています。

 現在、京大3.8m望遠鏡の建設チームはアストロエアロスペース社や西村製作所のみなさんと協力して3.8m望遠鏡を開発・建設しています。その中で、分割鏡の研削・研磨はもっとも重要な技術開発であり、ついに1mクラスの天体望遠鏡用の反射鏡を世界最高速度で作りあげる技術の開発に成功した、というのはすごいことだと思っています。今日、木辺さんの話を書いたのは、50年前に世界に肩を並べる純国産の60 cm反射鏡を研磨するのに成功した先駆者、木辺成麿さん、というすごい人が花山天文台の近くにいて、天文学の発展に大きく貢献した、という歴史と、奇遇なほどつながっていると思ったからです。
  木辺さんの作成された多くの鏡やレンズはアマチュア向けの望遠鏡として、西村製作所や五藤光学を通して世の中に普及し、その結果、日本のアマチュア天文学は世界一になりました。同じように京大3.8m望遠鏡で開発された技術は、日本だけでなく世界のプロやアマチュアの天文学に、さらには関連産業の発展に、大きく貢献するだろうと確信しています。

(2016年9月25日、記)
柴田一成



写真 木辺成麿氏(上)と鏡研磨の準備中の様子(下)
(1966年に放映されたテレビ番組を元に作られた
名古屋CBC放送の番組2016年7月6日放送『イッポウ』
http://hicbc.com/special/6039/contents/39_0112lens/
サンキュー! #1/60 記憶のプレゼント「レンズ磨き職人」より)











2016年9月23日金曜日

出前授業

プロマネの栗田です。

日本海の岬をめぐるバスに揺られて京丹後の間人小学校に出前授業に行ってきました。間人は「たいざ」と読み、難読文字で有名なようです。聖徳太子の母君の間人(はしうど)皇后が訪れ、この地を去った(退座)ときに由来するとか。バス停まで迎えに来てくださった職員の方も岬の上のほうを指さして、ここには母君のお墓もあると説明してくれました。校舎も周囲の家々も日本海にせり出した岬の傾斜部に張り付くように建っています。近々となりの小学校と統合するとのことで、校舎は新しくとても立派でした。校舎の2階の廊下は窓が広く、日本海をどの教室からも眺めることができるようになっています。生徒に「雪は降りますか」と訊くと「たくさん降りますが、あまり積もりません。すぐ風と潮で流されます。」と眼下の磯と道を見ながら教えてくれました。夏の風景からは想像できない厳しい冬があるのだなあと思いました。

授業は3年生20名と4年生8名にむけて星やブラックホールの話をしました。最近はyoutubeに素晴らしいコンテンツがたくさんあり、それらを見せると驚きやため息、歓声で大騒ぎです(やはり、映像には適いませんね)。1時間15分と小学生にしては長め授業でしたが、たくさん質問も出て生徒も先生も楽しんでくれたのではないかと思います(大学生に講義するより、やりがいがありますね)。
授業を終えて、職員室に(数少ない)バスの時間を確認するとあと数分だったので、ほとんど挨拶もせずに猛烈ダッシュでバス停に向かいましたが、見事に乗り遅れました。



校長室の横にあった生徒と先生らによる人文字の写真




2016年9月9日金曜日

工事中

  惑星観測装置担当の山本です。

 先日、近江神宮に参拝したところ、桜門が補修中と言うことで、工事用のベールに包まれておりました。本年平成286月から9月中旬まで、と言う事で、滅多に見られないものを見られた、と考えることにします……
 
 
近江神宮の桜門(工事中)

 とはいえど、昨年も、黒壁で有名な滋賀県の長浜城に行ったところ、こちらも改修工事中でした。ちゃんと下調べをしておけ、と言う話ではありますが、京都においても、東本願寺の大補修をはじめとした京都に散らばる各名所、いつもどこかで補修を行っています。これも京都・滋賀だけの話ではないですね。桜門の補修も珍しい光景ではなく、いつもどこかでなにかを直しているのが日本という国です。
 日本の四季が豊かと言うことは、一年を通して大きな寒暖の差があり、また毎年台風がやってきますし、数十年、数百年で大きな地震に見舞われます。つまり日本という国は、直しても直してもあとからあとから破損の原因がやってくる、と言う環境であると言えます。こうした環境的・物理的な要因によって各地の補修工事が行われている面があります。
 こうした環境であるからか、「満つれば欠くる世の習い」という言葉が生まれました。完成してしまえば後は壊れるだけ、"だから未完成のままにしておく"というのが日本の文化でもあります。現在上映中の怪獣災害映画にも「スクラップアンドビルドでこの国(日本)はのし上がってきた、だから今度も立ち直れる」というセリフが出てきます。モノを作っても壊れてしまう。しかしながら、今は未完成でも常に補修、改修、改善をしていくことで完成へ近づけていく、そうした意思こそが、日本人の本質なのかも知れません。
 
 とはいうものの
 
 現在我々が開発している、太陽系外惑星撮像装置SEICAが未完成で良い、とする人は一人もいないでしょう。もちろん機能アップの余地や、保守管理のしやすさなどは考慮しておくべきですが、科学装置に関しては毎回同じ性能が出るように「完成」させておかなければなりません。
 前回4月に予告したように、現在は補償光学装置の性能評価が行えるようになり、どうした改善が必要かを検討しています。また実際に望遠鏡に搭載する装置の設計・製作・組み立ても始まっています。
 
 完成はまだ遠い光景ですが、これからも開発を行っていきます。
  

それでは!


2016年8月26日金曜日

夜間試験

光学など担当の岩室です。

3.8m 望遠鏡は、現在岡山観測所内の仮ドームに置かれていますが、長田、栗田、木野、と私に大学院生2人を加えた6人で、望遠鏡のメンテナンスと星を用いた夜間の調整確認試験を行ってきました。
温度変化も大きく湿度も100%を超えることがあるような、望遠鏡にとっては大変過酷な環境の仮ドームに置かれている望遠鏡ですが、試験は特に問題なく予定通り順調に終了しました。下の写真はその際撮影したもので(クリックで拡大します)、夜間試験中の3.8m望遠鏡と右端には建設中の3.8m望遠鏡用の本ドーム、真上には薄っすらですが天の川が写っています。




本ドームは、今年度中に完成し望遠鏡本体は来年度に移設されます。とにかく望遠鏡をより良い環境に早く移してあげたいので、本ドームの完成が待ち遠しいところです。

ところで、先月私の所属している合唱団が、創立90周年記念演奏会を行いました。大学や教会などの合唱団では創立100年を超える団体もあるようですが、何の外部母体も持たない一般の合唱団でこれだけの歴史を持つ合唱団は、ネット上ではセレスティーナ男声合唱団と東京リーダーターフェルという2つの男声合唱団だけですから、屈指の歴史を持つ一般合唱団(一般の混声合唱団では日本最古)と言えます。





私は京都混声には1984年から32年在籍しており、研究活動と並行して2つ目のライフワークとなっています。来年は6月にバッハのカンタータ80番と147番を演奏予定ですので、ご興味ある方はよろしくお願いします。



2016年8月8日月曜日

もっと観測しない観測

プロの天文学者は、晴れていれば夜な夜な観測していると思われているらしい。しかし、今や観測しないで観測する(と言うのかなぁ?)ケースも多い。もはやシリーズ何回目か不明だが、前回は、観測者自身が観測しない、サービス観測やALMAの観測の話を書いた。今回は、もっと観測しない観測である。例によって、「何のこっちゃ?」という感じだが、実は前回の話の最後にちゃんと振ってある。“ところで、ALMAのこういったシステムは、観測せずとも既存の処理済データで研究を行なうことができることも意味する”と。(この振りを当時意図して書いたのかどうか忘れているあたりは問題であるが。)

 ALMAに限らず可視の観測でも、他人が取ったデータを再利用することができる。例えば、すばる望遠鏡の場合、誰かが取得したデータは1年半の占有期間があって、そのデータを取得した人(グループ)は1年半の間そのデータを占有することができる。しかし、それを過ぎると誰でもそのデータを利用することができるのである。つまり、大変な観測プロポーザルを書かなくても、人のデータを使って研究することも可能なのである。このため、大きな観測所ではたいていの場合、取得データを保存して再利用できるような方針を持ち、そのための体制・設備を持っている。これをデータアーカイブという。

 データアーカイブがあると、同じ天体の観測をしてしまって貴重な望遠鏡時間を無駄にすることがないというメリットがあるが、それだけではない。同じデータを用いても違った観点から研究に利用することができ、別の研究ができてしまうという効能がある。あるいは時間変化する天体の昔のデータとしても活用できる。また、研究目的でなくても教育用に活用されることもある。一粒で二度も三度もおいしいというわけである。生産性の高い仕組みであると言えよう。

 アーカイブされたデータの中でも最も使いよいというか生産性の高いものは、レガシー的なサーベイ観測だろう。観測所等が頑張って、ある領域を広く深く色々な波長で観測して、更にこれらのデータの処理まできちんと行なって、そのデータを公開するというようなものである。このようなデータであれば、誰でも(理論家でも)、容易にデータを使って色々な視点での研究が可能となる。一粒で二度や三度どころではなく、100度くらいおいしい(論文が100編出るという意味)場合だってある。

 ただし、同じデータを用いるので、うっかり同じ視点で研究してしまうと、その研究が水の泡になってしまうこともある。随分昔の話になるが、ハッブル宇宙望遠鏡のアーカイブデータを用いて、楕円銀河の色進化を調べたことがある。研究結果をまとめて専門の雑誌に論文を投稿したら、これは最近だれそれがやった研究と同じように見えると言われて終わってしまった経験がある。しかしこれにめげずに、その先の目標であった、楕円銀河の内部構造進化、特に色勾配の原因を探る研究を独自視点で行なった。ハッブル宇宙望遠鏡ならではの高角分解能を活かして、楕円銀河内部の色勾配を定量化し、簡単な理論モデルを用いて色勾配の起源に迫った。その結果、楕円銀河内の色勾配の原因は金属量による違いで、楕円銀河の形成の歴史が反映されているのではないかという推測ができた。これは面白い結果で、楕円銀河の色勾配進化の研究の元祖と言ってもよいかと思われる。その後の研究で年齢効果が混じるというような結果もでているが、主たる要因が金属量であることは変わっていない。当時は自前でこんなデータを取得するのは困難であったので、アーカイブデータのおかげでとても面白い経験をさせてもらったと思っている。さらに、この研究結果を元に、いくつかの望遠鏡を用いた更なる研究にも発展した(これは自分で行なう観測)。

従って、取得データの保存は重要で、3.8m望遠鏡でも共同利用によって取得されたデータは保存されるし、しないといけないのだと理解している。しかし、ただ保存しただけでは有効利用できない。データの検索ができたり、そのデータの属性や質もわからないとあまり役に立たない。データアーカイブはそれ自身研究課題の一つであるとも言えるのである。
 

太田 201681



懐かしの、アーカイブデータを用いた研究例。昔の楕円銀河の色分布。Tamura et al.  AJ 119, 2134 (2000)より。








 

2016年7月22日金曜日

巨人の「タイタン」と巨人でない「タイタン」

 天文学者は週末にいったい何をしているのか? 
 答えはいろいろあります。ひたすら研究している人、世界各国を移動中の人、子どもを相手にしている人、じっくり読書や音楽などの趣味に没頭する人・・・
かくいう私は音楽の人(本ブログ執筆者の中に合唱音楽している人もいます)。学生時代には大学のオーケストラ(略称「オケ」)でオーボエ(木管楽器の一つ、人の声に一番近いといわれる)を吹いていました。今年初めに学生オケの同期会がありまして、じつに多くの人が今も楽器を続けていることにいたく刺激を受け、古い(約40年前の)オーボエを押し入れから取り出してきました。こわごわケースを開けると、虫にも食われず、さびだらけのオーボエがそこに。さて、まだ吹けるのか。楽器屋にもっていきました。
 「古いですね」(言われなくてもわかっとる!)
 「さびてますね」(それくらい素人でもわかる!)
 「修理するだけ無駄かもしれません、安いのがありますから買いませんか?」
 「そこを何とか、無駄を承知で、まずは修理していただけませんか?」
 「ならみてみますけど、こんな古い楽器、ピッチ(音程)が低すぎて、皆と一緒に合わせることはできませんよ」(これは後ほど、大嘘と判明する)
といったやりとりを経てともかく預かってもらいました。1ヶ月後、さびとりや調整を入念にしていただいて、手元に戻ってきました。快調です。
 高校のOBオーケストラでマーラーの交響曲1番「タイタン」をとりあげるというので、練習に参加しています。マーラーは大学オケで2度も経験しており(交響曲2番と6番)懐かしい響きがします。最初の交響曲にして、すでにいわゆる「マーラーらしさ」が姿を見せており、さすが「音楽の巨人」だとしみじみ思います(注:正反対の意見の人もたくさんいます)。
 ところで、天文分野で「タイタン」といえば、土星最大の衛星(月)のこと。こないだ探査機も飛んで、詳細な画像を送ってきました。見ると、地球で見るような地形(山、谷、川、海・・・)が。みな「ここはどこか」とびっくりするのであります(図参照)。タイタンには、(水=H2Oでなく)メタンの雲があり、メタンの雨が降り、メタンの川が流れ、メタンの海に注ぎこんでいるのだそうです。もし生物がいたらどんな形をしているんだろう、なんて考えるとわくわくしますね(しませんか?)。本当に生物がいるかどうか、わかりませんが。
 さて、話はマーラーの「タイタン」に戻ります。CDなど見ると「巨人」という日本語訳がついています。はて、「タイタン」とは「巨人」なのか?(金属の)「チタン」ではないのか(注:綴りは同じです)。なぜ土星の衛星は「巨人」と言わないのか? なぜだ、なぜなんだ? 疑問がわいてきました。
 あっ、字数オーバーしたので話はここまで。疑問に思った人は自分で調べてみてください。

(嶺重 慎)




図:ホイヘンス探査機による「タイタン」の画像(NASA
Credit: ESA/NASA/JPL/University of Arizona.



2016年7月14日木曜日

似非科学

制御担当の木野です。

巷では水素水なる健康飲料?が流行っているようですね。以前からあるアルカリイオン水をはじめ、科学的な根拠が無い/薄いものに対してもっともらしい理由をつけて高値で売りつける、いわゆる「似非科学」の一つなわけですが、まじめに科学研究をしている身にとっては迷惑な存在でもあります。

3.8m望遠鏡では人の目で見える可視光線と、それより少し波長が長い近赤外線と呼ばれる電磁波を使って星を観測します(電磁波の名称については下図を参照)。この「電磁波」や「赤外線」という言葉も世間一般では間違って理解されていたり、似非科学のターゲットになっていたりします。携帯電話や送電線から放射される電波が体に悪いと広まったせいで(これすら確固たる証拠は無いはずです)、可視光線なども含め電磁波全体が悪という印象を持っている人が多い一方で、赤外線は健康ブームで担ぎ上げられ良いイメージが定着しているという矛盾状態。最近ではTHz(テラヘルツ)波まで健康に良いとされてきて、まさにカオス状態です。

赤外線に対する間違った理解として挙げられるのは、スパイ映画などで赤外線カメラを使うとコンクリート壁の向こう側に居る人が見えるといったシーンでしょうか。実際には赤外線の透過能力はそれほど高くはなく、空気中の細かな霧や塵で見通しが悪い場合には可視光線と比べて見えやすいといった程度です。この若干の透過力の高さに加えて、サーモグラフィのように暗闇でも物が見えることが混同されて映画のようなイメージが作られたのかと思います。

また、炭火での調理や一昔前に流行ったハロゲンヒーターなどの暖房器具では「遠赤外線で中からホカホカ」といった表現が使われますが、赤外線が身体の中まで入り込める深さは1ミリメートル程度です。掌の静脈による生体認証で使われる、人体を透過しやすい波長でもせいぜい数ミリメートルまでで、とても体の芯から~とはいきません。そもそも、これらの加熱器具ではエネルギーの大半が近赤外線として放射されています(遠赤外線も出てはいますが・・・)
遠赤外線での調理というと石焼き芋を想像する方もいるかと思いますが、甘くて美味しいのは70℃前後の温度を維持すると芋の中の酵素がデンプンを糖に分解するからであって、これも遠赤外線は関係ありません。実際、電子レンジ調理でも解凍モードなどの弱い出力で長時間加熱すれば甘くなります。

そもそも可視光線~近赤外線は太陽の光の主成分ですし、中間~遠赤外線は人体をはじめ常温の物体が常に放射しています。赤外線自体は身の回りに満ちあふれた存在であり浴びないようにするのは困難ですし、少しくらい多く浴びたからといって、より健康になるわけでもありません。やたらと効能を謳ったり、不安をかき立てるような似非科学に踊らされず賢く生きましょう。

とはいえ理学部にもマイナスイオンが出てくる製品が置いてあったり、工学部で建築工事を始める前に地鎮祭を行ったりと、大学というのも科学だけでは説明できない不思議な空間だったりします。






電磁波の波長と名称。学生に赤外線について説明するときにはこんな図を使います。
テレビのリモコンや携帯電話の赤外線通信に使われるのは人の眼に見える可視光線から少しだけ赤外線側に入った波長です。また同じ加熱調理用の器具でも炭火と電子レンジでは使っている波長が全く異なります。





2016年6月13日月曜日

日常生活には 役に立たないです

リーダの長田です。

書くネタを考え考え、帯に短しタスキに長しと思い悩みつつ小田嶋さんという人のコラムを見ていたら、「ヘタに検索しに行くと、不必要な情報や他人の考えに構想を傷つけられることがあって、それは原稿を書く人間にとって大変に厄介な展開なのだぞ」とあり、「自分の(拙劣であるかもしれない)アイディアに、あくまでも拘泥し続けるエゴの強さ」が大事だとさとされ、その言葉をかみしめているところです。そこで、全く勝手な意見を述べるんですが、、、

昨夜のニュースで鈴木キャスターが「役に立ちません、と、あんなにもハッキリ言われてしまうと・・・」と美しく微笑んでいましたが、113番目の元素を合成したからといって、もちろんそれが近い将来に新薬になるわけでも経済の活性化につながるわけでもなさそうです。
ただ、私のような人間はどうしてもその後に「とは言っても・・・」と、実は基礎科学が将来どれだけ役に立つ可能性を秘めているかと付け足してしまいたくなるのですが、ここのところ老人力がついたのか、そこで潔く終わってしまうのが良いのではないかと、最近は勝手に思っているのです。

先日、一般向けの講演で重力波の検出の話をした際に、とても遠慮がちではあるもののやはり「重力波って何に役立つのですか」という質問がありました。私は電磁波とのアナロジーでずっと話をしていたので、作り話らしいともことわりつつ、150年あまり前にファラデーの電磁誘導の実験が役に立つのかと批判した人に向かって「電気にはそのうち税金をかけるようになりますよ」「まさか」という会話が交わされたとのエピソードがある、と言いました。
  英語のページならちゃんと元の言葉だって載っているのではないかとウェブで調べてみると、"Why, Prime Minister, someday you can tax it." とか "Whatuse is a newborn baby?" とかのバージョンがありました。ところが、さらに、これらにはファラデーとフランクリンが一緒くたに出てきて、そして完全に作り話、都市伝説だとハッキリしました。良く考えてみれば、わが英雄のファラデー(ホントにすごい人だと思います)が、そんなハシタナイことを言うはずがない気がしますね。

さて、役に立たない元素の合成を機に原子核の図表を見返してみて、やはりどう考えても不思議なのは、今回のとは全く逆側の軽い方の端で、安定な質量数58の原子核が存在しないことです。質量数8のベリリウムが極めて不安定ということのために、ビッグバンでの元素合成が進まなかったのだ、そしてこの不安定さが絶妙なのでその後に星の内部ではそれにヘリウムがぶつかって来ることが起こり、炭素ができ、酸素ができたのだと聞かされると、宇宙の素晴らしさに感激するのでありました。
もしもヘリウムに水素がぶつかった質量数5のリチウムが存在してさらにぶつかって重い元素ができていったり、ヘリウム同士の衝突でできた質量数8のベリリウムが安定だったりしたら、ビッグバンの時に宇宙は安定な重い原子核がすべてできてしまっておしまい、水素の核融合で星が輝くこともなく、生命も誕生せず、となっていたのでしょう。これも役に立たぬ話かもしれませんが、面白いですよね!

なんで役に立つとか立たんとかばっかり言うねん、おもろいかどうかが人生でいちばん幸せをさゆうすることやロウ! 責任者出てこい!「出てきたらどないすんのん?」あやまったらしまいや!(またまたお借りしてすんません、この文は325日のこのブログから思いついて、じっと持ってました。)



図:ウィキペディアより、原子核の図表。縦軸に陽子の数、横軸に中性子の数を
    取っていて、上記の話は左下隅、質量数278のニホニウムは右上隅のあたりの
    話。





2016年5月30日月曜日

人生初のお菓子爆買い体験

  こんにちは。広報・サイエンス担当の野上です。

  唐突ですが、皆さん大人買いってされたことはありますか?最近の言葉でいうと爆買いでしょうか。私はつい先日、お菓子で約20万円分の買い物をしました!

  現在の地球最大の望遠鏡は、日本が誇るすばる望遠鏡を含む、口径が8mから10mの望遠鏡です。そして、口径30mの次世代大望遠鏡建設計画が進んでいることをご存知の方もいらっしゃるでしょう。アメリカが主導し、日本も積極的に参加しているものは、そのまんまの名前で30m望遠鏡(Thirty Meter Telescope; 略して TMT)と呼ばれています。
ハワイに建設予定ですが、地元住民の方との調整が、、、となっている例のアレです。

  私はTMT計画はこれまで横目で眺めるくらいの関わり方でした。というのも、すばる望遠鏡でもうまく観測提案が認められたとして年に数日しか観測ができないのに、TMTになればうまくいって年に数時間という感じになりかねません。突発天体・現象の観測やスーパーフレア星の長期観測などを考えている私には、安定して長い時間の観測ができる我らが3.8m望遠鏡の方がよほど重要だからです。このように望遠鏡にはそれぞれ向き不向きがあり、解明したい謎によって望遠鏡や観測装置を使い分けることになります。

  さて、このTMT計画の重要な会議であるTMT Forum 2016というのが、先週524()から26()に京都で行われました。私もその会議に組織委員の一人として関わることになり、お茶・お菓子係の担当になりました。朝一の会議が始まる前、午前中のコーヒーブレイク、午後の会議が始まる前、午後のコーヒーブレイクと、14(26日はプログラムの都合上3回のみ)のコーヒーやお茶菓子を用意するのが仕事です。人数のそれほど多くない国内の会議だと、インスタントコーヒーと湯沸かしポットと紙コップのセット、コンビニで売っているようなお菓子を並べておくだけで終わり、ということも多いのですが、140人くらいの参加者のうち、100人くらいが外国人。しかも参加費を一人2万円(半分以上は夕食会の開催費になりました)も取っているということで、そういうわけにはいかない、「おもてなし」の心を発揮しなければ!ということになりました。

  とは言いつつ、コーヒーのサービスはケータリングの会社にお任せしました。会社名は出しませんが、会議の会場でコーヒー豆を挽いてレギュラーコーヒーを出してくれる結構本格的なもので、下手な喫茶店よりよほどおいしいコーヒーを、しかもかなりリーズナブルな価格で出してもらえて感謝しています。他に500mlペットボトルのミネラルウォーターや烏龍茶、緑茶、麦茶なども出しました。

  そしてお菓子についても、これもケータリング会社に頼めなくもなかったのですが、ありきたりというか無難なものしかカタログになかったので、こちらで購入して出すことしました。せっかくの京都の会議、京都らしいお菓子を出そう!と。しかし、普段お菓子にそれほど興味のない私は、どんなものを出したらよいのかよくわからないまま、学生さんの提案に従ってデパ地下に行ってみました。

  するとまー、いろんなお菓子があるものですね。1500円を超えるような上品かつきれいなザ・和菓子みたいなものから、おまんじゅう・大福系、どら焼き、羊羹、金平糖、おかき、せんべいなどなど。さすが京都。で、爆買いですよ。なんせ140人分ですから。この小袋で16袋入っているおかきの箱を8箱下さい、とか、このわらびもちを店にあるだけ下さい、とか。人生初のお菓子の爆買いを楽しんでしまいました。
店を出る時には、ニュース報道で見たような両手いっぱいに紙袋を持った状態です。これを3日ばかり続けました。

  朝の会議が始まる前には、会議の組織委員長から「朝食を食べそこねた人のためにパンを出して欲しい」という要望がありました。「そんな無茶な」と思いながら、私の家の近くの100均パン屋さん(消費税込108)に相談してみると、「なんとかしましょう」と言ってもらえて、連日140個のパンを朝740分くらいに買いました。ここのパン屋さん、100円とは思えないクオリティのパンを普段から出していて、感謝の意味を込めてここで宣伝しておきます。マルモベーカリー深草店です。お世話になりました。


  ということで、飲み物やお菓子のことばかりを考えていた先週の1週間でした。写真は国立天文台のTMT推進室のwebページに出ているTMTの完成予想図です。










2016年5月13日金曜日

暗い話

こんにちはプロマネの栗田です。
現在ドーム建設予定地では順調に工事が進んでいますが、ドーム周辺の照明設備について検討を進めています。というのも常識的には人の往来や緊急時のことを考えると照明をつけることになるのですが、かすかな星からの光を観測するにはできるだけ暗い夜空が大切になり、それに対して街灯を含めた人工的な光は天敵となってしまうからです。

というわけで、今回は天文学者たちがどんな工夫をして人工的な光を使わないように、もしくは外に漏らさないようにしているかの裏舞台を箇条書きで紹介いたします。

・施設内の窓にはすべて遮光カーテンが施されています。普通のカーテンと違って結構厚くて重たいです。
・通常時は廊下などの明かりも消えていて真っ暗です。懐中電灯なしでの宿舎での移動は慣れるまでは怖いですね。
・玄関のドアは2重扉だったりします。映画館の入り口のようにガラス張りでないドアが2重になっていている構造の施設もあります。
・観測者に貸し出す鍵には小さなLEDのキーホルダがついていたりします。観測者が暗闇の中でもカギ穴を見つけやすくするためです。
・道路は真っ暗で路側帯に白線が塗られていたりガードレールがあり、月明かりでも目立つようになっています。
・観測所内での車での移動中はハザードランプのみで運転します(これって私有地だとしても道交法に違反してるのかなぁ)。


写真は南アフリカのサザーランドにある望遠鏡ドームを長時間露出で撮影したものです。ドームから天頂に向かって縦に延びる淡い部分は天の川で、星々の円弧の中心が天の南極です。昼間に天の川!?と見えるのは月明かりで照らされたドームや大地を長時間露出で撮影したためです。ドームの右手に伸びる影は日陰ならぬ月影です。この写真からも人工的な光源がほとんど無いことが分かると思います(いや、ドーム内の観測装置の赤と靑の発光ダイオードがかなり強烈に光ってますね。。失礼いたしました。。)。





2016年4月22日金曜日

年度初めは計画初め

惑星観測装置担当の山本です。

 まずは、先日発生した平成28年熊本地震によって被災された皆様に、心よりお見舞い申し上げます。また、一刻も早い復旧と復興をお祈り申し上げます。我々の天文学研究はこうした災害に対して、直接何もすることも出来ませんが、個人として出来ることをやっていこうと思います。
 以下、今私に出来る事のひとつとして、いままで通りの内容のブログを書かさせて頂きます。

 2016年4月下旬です。新しい年度の初めということで、昨年度出来たことを振り返ると共に、本年度以降にどういう風に研究を進めていくかを考えるタイミングでもあります。
 昨年度出来たこととは?
 まずは、我々の開発している惑星観測装置SEICA(せいか)に搭載予定の、新方式計測装置の理論的な実証を行った論文の出版や、その計測装置の核になる新しい光学素子の試験製作、性能評価などを行いました。結果は上々で、本年度はいよいよ計測装置本体の設計・組み立て・試験を行っていきます。
 また、同じくSEICAに搭載する、地球大気の影響を抑制して系外惑星を観測出来るようにする装置、補償光学装置の開発を行い、今月に入っていよいよ実験室での試験が行えるようになってきました。本年度は補償光学装置の性能評価を行い、我々が目指す目標を達成できるよう、改良を加えていきます。
 さらに、実際に望遠鏡に搭載するSEICA本体の製作・組み立ても始めています。昨年度中には組み立て手法の確認・確立ができたので、これを参考に本体の設計・製作を進めていきます。
 
 昨年度末からばたばたと作業しているうちに、桜もすっかり散ってしまい、いよいよ暖かい日が続くようになりました。

 

京都御所の桜

 
 
 およそ半年後、次回の報告にはさらに進んだ開発状況について報告させて頂ければ、と思います。
それでは!



2016年4月7日木曜日

忙しい...

光学など担当の岩室です。

 あっという間に3月も終わり、新学期が始まりました。この時期は例年忙しいのですが、今年は大きな研究費の終了/開始と TMT 関係の仕事が重なり、てんてこ舞いの状況です。

 まずは TMT 関係の話から。
TMT (国際協力で推進中の 30m 望遠鏡)で研究を行なう予定の研究者が集まって、毎年1度大きな会議が行われるのですが、今年は5月末に京都で行なうこととなりました(過去3回は全て米国)






3.8m 計画を進めているメンバーも何人かはこの会議の準備に参加しています。
米国、カナダ、中国、インドなどから100名前後の参加者(もちろん日本人も数十名)を迎える必要があるのですが、食も文化も違う人々への対応は予想外の事が一杯起こりそうで、心配ではありますが貴重な経験になると思います。
例えば、食事に提供するものなどは、全て何が含まれているか明示しないといけない、とかです。通常であれば、外部の業者に丸投げして全てお任せとかにするのでしょうが、貧乏性で、ホテルの取りまとめも含めてついつい全部自力で進めています。TMT に関しては、今後も色々報告する機会があるかと思いますので、この会議の結果はまた次回以降にでも報告します。

 次に、新しい分光器の話。
3.8m に取り付けるための新しい近赤外分光器を製作するための予算が確保できました。これで、3.8m 望遠鏡にも新たな「装備」が1つ加わる訳ですが、これまた、何から何までほぼ全て自力でやる計画なので、通常では考えられない予算規模で作らないといけません。DIY で自宅を建設するようなものです。






前年度までの研究結果の報告書を書き、今年度から始まる上記分光器の主要部分の部品の見積りを再度確認して、より具体的な申請書を準備しないといけません。更に、可視光の高分散分光器も現在予算申請中で、これも 3.8m 望遠鏡の重要な「装備」の1つなのですが、こちらも作るとなると更に大変です。分身の術が欲しいですね。

 最近、X 線の天文衛星にトラブルがあり、関係者のショックは察するに余り有ります。私自身、20002月の Astro-E (X 線天文衛星)打ち上げ失敗をインターネット生中継で見ており(この時所属していた研究室の半分以上はX線天文の研究者でした)、大変な努力で5年半という驚異的なスピードで再打ち上げを成功させた経緯を見てきただけに、それよりも更に2倍近く大きい衛星のトラブルは絶望的に近い状況です。地上の望遠鏡の開発は、それに比べれば頑張れば何とかなる部分が多いので、これだけ困難な仕事が山積でも頑張れるかなと思う今日この頃です。




2016年3月25日金曜日

観測しない観測

プロの天文学者は、晴れていれば夜な夜な観測していると思われているらしい。しかし、今や観測しないで観測するケースも多い。「観測しない観測?何のこっちゃ?」と思われるだろうが、「まぁ皆さん聞いてください」(人生幸朗風に)。
 1年程前に、リモート観測について書いた。私もこの間についに岡山観測所のリモート観測を経験した。しかし、近年観測しない観測モードもあるのである。一例を挙げると、すばる望遠鏡のサービス観測である。観測時間が4時間以内だとサービス観測という枠に申請することができる。採択されると、観測所の担当者が、申請者の代わり観測を実行してくれるというものである。気づいたら(?)観測データがでているので、これをもらって自分達でデータの処理・解析を行う。
 ところがもっと上(?)を行くのはALMAである。ALMAでは採択された観測課題を申請者本人が観測することはない。観測所が責任をもって観測を実施してくれるのである。確かにわざわざチリの高地まで観測に出かけるのも大変だし旅費もかかるので、申請者自身が観測するのは能率が悪いという面がある。また、ある種の気象条件を満たさないとできない観測は、何月何日に観測ですとあらかじめ決め打ちできないので、観測所の判断で実行する観測プログラムを組み替えながら観測を実施するようにしている。このため一つの観測プログラムが細切れになって観測されることもある。次々と適切な観測プログラムを走らせることによってロスタイムを最小化しようという意図もある。
他人の観測だと、どこまで観測したらいいのかわからないのでは?と思われるかもしれない。その通りで、観測でとらえたいシグナル(信号)は人によってまちまちであるから、目標が達成されたのかどうか観測担当者にはわからない。担当者がいちいち観測プロポーザルを熟読して理解するのも大変であるし誤解も起こるだろう。そこでALMAでは、目標とするノイズレベルを申請者があらかじめ設定し、観測担当者がこれを達成したことを確認して観測を終了するという仕組みをとっている。もう少しで有意に信号が検出されるというような状況になっていたとしても、そんなことは知ったことではなく、非情にも設定ノイズレベルを達成したところで観測終了というわけである。
さらに驚くべきことに、ALMAでは、観測終了後のデータ処理までしてくれるのである。ALMAは干渉計であり、そのデータ処理はなかなかややこしく、素人にはとっつきにくく難しい。干渉計のデータ処理に習熟している人は多くはない。そこでALMAによる観測成果を最大化するために、仮に理論屋さんが「観測」したとしても、すぐに観測結果を見て論文にすることができるように、という趣旨で行なわれているようである。私も野辺山宇宙電波観測所等の干渉計での観測経験があるが、非常によく習熟しているとは言えないので、ありがたいことはありがたい。しかし、そうは言っても、やはり人の観測目標はよくわからないし、見たい部分に十分配慮したちゃんとした処理済みデータがでてこないケースもある。実際、私も奇妙な観測設定やデータの処理で非常に困惑し大いに苦労したことがある。最近は正しい観測とデータ処理がなされているようであるが、初期の頃は結構アブナイ感じであった。
このようなシステムは、「観測者」にとっては便利であり、あるいはユーザー拡大という意味では意義があると考えられる反面、人材の育成という点では注意が必要なように感じる。世界中が単なるユーザー集団になってしまわないように気をつけないといけない。
ところで、ALMAのこういったシステムは、観測せずとも既存の処理済データで研究を行なうことができることも意味する。ALMAの処理済みデータは周波数毎の画像データであるので、申請者が目的とした天体(のある部分について)以外の情報も含んでいる。このような偶然観測された天体を対象とした研究も可能であり、実際こういった研究結果はたくさん出つつある。観測データの有効利用であり、観測したくない人(いなくもない)・観測提案が採択されなかった人々にもある意味朗報と考えるべきなのであろう。
いろいろ勝手なことを書きましたが、ALMAの大いなる研究成果、そして皆様のご健康とご多幸をお祈りしつつ、本日のぼやき(だったのか!?)を終わらせていただきます。(うーん、定型だな)
 
太田 2016321日 




ALMA望遠鏡(国立天文台提供)。
電波干渉計であり、たくさんの望遠鏡を使って1台の大きな望遠鏡として観測する。