2017年3月10日金曜日

光子の裁判

リーダの長田です。
宇宙物理学教室には、クラシック音楽愛好家だった方のご遺族から膨大なCDが寄贈されて談話室に素晴らしいコレクションができています。
バッハ以前の音楽からバルトークやショスタコーヴィッチまで、極めて標準的というかまんべんなく趣味の良い曲揃えのCDがたくさん並んでいます。だからこれをすべて聞けば宇宙物理のメンバーは西欧のクラシック音楽を征服したことになる!、というようなものに思えます。

ところが。私もやったらめったらクラシックのCDを安く安く買いあさり、集めていました、今ではwavファイルなんぞになりつつありますが。そしてやはり標準的な曲をそろえているつもりになっていました。なのに、宇宙物理学教室の談話室のCDリストとはちっとも重ならないのです。ことごとく違っています。双方のCDリストともにドイツ古典派が分厚いなど、良く似通っているのに、ほとんど共通のものがないのです。しかも好みが違うわけではありません。私の主観で言って、上記の宇物CDは趣味が良いなあと思うのです。

例えば、上にドイツ古典派とは書きましたが、私がやたらとハイドンの曲を集めたのに、宇物CDにはハイドンがほとんどありません。調べてみて気づいたのですが私が病的とも思えるほどベートーヴェンの交響曲のCDを持っているのに対し、宇物CDにはありません。いや、全くないというわけではなくて、なんとリストがピアノ曲に編曲したものだけは全集としてそろっているのです。

さて、いま、天文観測の解説記事を計測の学会誌に書いていて、そこで私は偏光を担当することになりました。宇宙からやって来る電磁波の情報を研究するのが商売なのだから光についてはしっかりと知っていないといけないはずですが、あらためて光について調べるといろいろと感心することばかりです。

感心することの筆頭には、何と言ってもアインシュタインのノーベル賞受賞理由だった光電効果や光量子仮説、つまり、光は電磁波という波であると同時に光子という粒子でもある、ということをあげたいと思います。これを題材に、東野圭吾の湯川学ならぬ、朝永振一郎が短い名作を書いています。「私は二つの窓の両方を同時に通りました」という波乃光子被告の供述は真なのかという法廷劇「光子の裁判」です。量子力学の代弁者である弁護人が、光子は二つの窓を同時に通ったのだと実証したところで著者は・・・(いくら名作でもネタバレは良くないですね)。

しかし光がすごい点は、私にはもう1つあるように思えるのです。電子がスピンを持っていて、だとか、この2つの量子力学的状態は直交しているのでどうだらこうだら、などど講義で話しながら、私はどうもしっくり来ていませんでした。
人間が日常感覚として量子力学を体得するなんてできないのではないか、いつまでももやもやが残るのではないか、と思っていました。だけど、そのもやもやは、偏光という性質をよく考えることで、かなり日常感覚で納得できるのでは、と思い始めたのです。

光は2つの独立した成分を持ったものが重なっている、というわけです。きっとこれが高等学校でも偏光という概念をしっかり教える理由なんだろうと私には思えます。光は電磁場の波であり、それは横波なので2成分を持っているのだ、というのは高校生にもわかりやすいですよね、縦と横に振動しながらやって来る波。ただ、実はここからがちょっと難しくて、普通に私たちが見る光はそういう2成分の電磁場の振幅を足し合わせたものではないのです。スペクトル線などというほとんど単色の光の場合でも、数「ナノ秒(十億分の一秒)」というぐらいの時間しか振動が続かず(註1)、光を足し合わせてもうまく電磁場の振幅を足し合わせることにならないのです。もしも足し合わせることができるなら、縦に振動している光と横に振動している光を足せば、例えば、斜めに振動している光なんてものができるはずですよね。これを偏光の言葉で言えば、「縦方向の100%偏光と横方向の100%偏光を足せば、斜め方向の100%偏光ができるはずである(註2)」と。でもそうはなりません。普通はゼロの偏光になってしまいます。

こういうふうにバラバラに足し合わさったものを、量子力学では混合状態と呼びます。でも、2つの基底ベクトルから合成された純粋状態というのに対比して、混合状態というのを習っても、私にはあんまりピンと来ませんでした。だけど、2つの直交した偏光はまったく独立したものであり、しかもそれを足すときにうまく位相を合わせて足さないと純粋状態は表せない、というのを、偏光という格好の教材で学ぶのが良いと思うのです。

そして冒頭の宇物のCDコレクションの話題、私のCDとは直交してるんだよなあ、というオチで終わるんですけど、この強引なこじつけ、大ブーイングでしょうかねえ。(とにかく最後までお読みくださりありがとうございます。)



宇宙物理学教室のクラシックCDコレクション


1)単色の光でないと、もっと短くなってしまいます。まんべんなく色が混じっているような光だと、さらにその何百万分の1の時間というように。
2)「いや、そういう合成では必ずしも斜めの直線にならない。円偏光ができても不思議はない、電気信号なんかでも、オシロスコープで縦に振動させたのと横に振動させたのを足して円や楕円を作った」というあなた、正しいです。ただ、この場合、そういうのはやっぱり100%の円偏光や100%の楕円偏光です。




2017年3月1日水曜日

宇宙ユニットシンポジウム

  広報・サイエンス担当の野上です。

  京大で宇宙に関する研究を行っているところは、我々理学研究科宇宙物理学教室と天文台だけではありません。同じ理学研究科の中でも宇宙線研究室や天体核研究室というのがあり、工学研究科ではロケットの軌道計算をやっている研究室があったり、はたまた文系でも宇宙人類学の研究を行っている方がおられたりと、様々な「宇宙研究」がなされています。日本でもっとも多岐にわたる宇宙研究がなされている大学と言って間違いないでしょう。

  そしてそれらの研究者を結びつけ、新しい学問分野・宇宙総合学を構築することを目的に、「宇宙ユニット」という組織が2008年にスタートしました。宇宙ユニットでは毎年宇宙ユニットシンポジウムという一般の方が自由に参加できる催しをやっており、その記念すべき第10回シンポジウムが211()12()に開催されました。

  普通にエラい先生の講演やパネルディスカッションもあり、それはそれで面白いのですが、このシンポジウムはなんと言ってもポスターセッションが面白いです。『「宇宙」に関連した研究や活動を行っている人・団体』というのが参加資格なので、本当に色々なプレゼンがあります。少し例をあげると、「お寺で宇宙学」というタイトルで本物のお坊さんが話してるし、「宇宙から見える彫刻 宇宙から聞こえる即興演奏」というタイトルでジャズを奏でている人がいるし、「狩猟採集民ブッシュマンにおける世界観の変容 ー伝統的神と新しい神の狭間でー」というタイトルでアフリカのブッシュマン問題を語っているひとがいるし、となかなかにカオスな状況になっています。

  ご興味をお持ちの方は、是非来年のシンポジウムでお会いしましょう。


  画像は先日の宇宙ユニットシンポジウムのポスターです。






2017年2月3日金曜日

伊丹発ANA773

プロマネの栗田です。
昨年末に計測自動制御学会のシステムインテグレーション部門の学会(SI2016)に参加するために札幌に行ってきました。
行きの飛行機では「富士山を観る!」ということで右側の座席を取りました。伊丹を離陸し、能登半島手前あたりから撮ったのが下の写真です。

まるで幾重にも連なる波穂のように見えるのが、手前から北アルプスの南端当たり(厳密には御岳山)、中央アルプス、南アルプス、そして雲海に突き出た富士山です(さすが遠くて見えにくいですね)。日本の屋根を一望しつつ、こうしてみても富士山だけは孤峰であることがよくわかりました。またこの雪を頂く立派な山脈の間に清流(姫川ー天竜川、、千曲川ー大井川・富士川)が流れることも一目瞭然でした。






2017年1月16日月曜日

射貫け

   惑星観測装置担当の山本です。

 みなさま、あけましておめでとうございます。
 物理的にはあり得ないと思われているが、インターネット上では稀によく見られる現象として、時空の乱れがあります。今回の原稿の締切は2017年1月11日だったのですが、「今を去ること2017年1月15日の出来事」について書かせて頂きます。

 2017年1月14日未明からしばらくの間、大寒波が日本各地に大雪をもたらし、京都でもかなりの雪が積もりました。この原稿も窓の外で吹き荒ぶ雪を見ながら書いています。年に一二度ちらつくか、と言う様な地域で生まれ育ったので、毎年数度は雪が積もる京都の気候はいまだ新鮮な気持ちになります。

 さて、この時期に新鮮な想いが溢れるコト、と言えば成人式を初めとした新成人の方々が迎える各種の行事があります。いろいろな行事が各地で行われていると思いますが、私が京都に来る以前から気になっていた、京都ならではの行事に、三十三間堂で行われる通し矢があります。正式には大的大会(おおまとたいかい)といい、いわゆる通し矢とは別物のようですが、晴れ着の新成人達が弓を射る姿は、雪景色の様な眩しさがありますね。一昔、どころか二昔近い昔ばなしなってしまいましたが、私も高校時代に弓道をやっており、大学時代も続けていればここで射っていたかも知れません。


三十三間堂の通し矢大会。的の大きさは100cm。決勝、上級者などは的のサイズが小さくなるそう。

 本来の通し矢とは違う、と申しましたが、鎌倉時代頃からはじまり、江戸時代頃に最盛を迎えた通し矢は、上の写真の背景にあるお堂、三十三間堂の軒下を端から端まで、約100メートルを一昼夜かけて何本的に当てられるか、と言う競技だったそうです。13000本中8133本を通したと言うのが最高記録だそうですが、単純に一昼夜を24時間として、1分間に9本、しかも屋根のある軒下ですから、非常に強く弓を引かねばならず、まさに超人的な競技です。現在の大的大会は60メートルの屋根無し、とはいえど甲矢乙矢の2本勝負ですから、かなり心技体が整わなければ的中させることは難しいと思われます。

 60メートル先の1メートルの的、というのは角度にするとちょうど1度くらいです。月の大きさがおおよそ0.5度。1度の範囲に矢を射る、ということも難しいですが、我々が現在開発している惑星撮像装置は、星の周囲の0.2秒角から1秒角の範囲に惑星が存在するかどうかを撮像観測によって明らかにしようとする装置です。秒角というのは1度の60分の1の60分の1です。
 
 そんな非常に小さな目標ですが、正確に射貫いて惑星が検出出来るよう、本年も心技体を整えて臨んでいきたいと思います。
  
それでは!

2017年1月4日水曜日

お役立ち情報 その2

光学など担当の岩室です。

 現在、3.8m 望遠鏡で使用する分光器の開発を進めています。
などに進捗状況など挙げており、今後も追加していきますのでマニアックな方はご覧下さい。

 で、今回はほぼ2年ぶりのお役立ち情報です。今回は何でもないケーブルの巻き方です。皆さん、長いケーブルをグルグル巻いて束ねたい事はちょくちょくありますよね。その際、いつも困るのが
 1. ケーブルがねじれる
 2. 解く際に先端が輪の中を通ると結び目ができてしまう
です。特に、巻き始めた側から解き始めるとちゃんと解けない事が多かったりするのですが、この原因は、どちらから巻き始めたのかよく分からない、という事も原因の1つとなっています。

 そこで、これらの問題をどちらも解決する巻き方の紹介です。
まずは、以下の写真1のようにケーブル両端部を持ち、普通にグルグルと巻いていきます。最後には2つ折りになったケーブルの端が来ますが(写真2)、それを輪の中に1〜2回通してコネクタに掛けます(写真3)。この巻き方の良い所は、2つ折りにすることでグルグル巻いても折り返し点でケーブルのねじれが相殺し、ねじれが溜まりにくい(非常に長いケーブルや、固いケーブルはねじれますが)事と、どちらから巻き始めたかが一目瞭然でわかることです。
これにより、2つ折りになっている側から解けば絡まる事無くすぐに全体を伸ばすことができます。AC アダプタのような大きなものが付いている場合には、小さいコネクタの方だけに2つ折り部分を掛けます(写真4)。柔らかくて長いケーブルほど、この巻き方が有効になりますので、そういうケーブルを見かけたら試してみて下さい。但し、この巻き方の欠点は2つ折り部分がかなりの角度で折れますので、この部分だけケーブルの劣化が早まる事です。曲げに弱いケーブルはこの巻き方は避けて下さい。




2016年12月14日水曜日

義士まつり

 今回のブログ締め切りは、1214日とのこと。そうなると、討入の話題にせざるを得ない。(そんなことないやろ、という突っ込みが聞こえてくるが。)各地で四十七士を偲ぶイベントが開催される日であるが、ここ山科でも義士まつりが開催される。山科は、大石内蔵助が討入前に隠棲した地として有名である。岩屋寺付近に住んでいたが、その正確な場所はわかっていないそうだ。また、あまり知られていないが、毘沙門堂の門前に瑞光院というお寺があって、四十七士の遺髪が埋葬されている。このお寺は、もとは、京都市内は堀川鞍馬口付近にあったそうで、元禄時代にはそこの住職が、浅野内匠頭長矩の妻であった瑤泉院と族縁に当たることから、浅野家の祈願寺となった。(お寺の説明看板による。)元禄14年(1701)、浅野内匠頭が江戸城で吉良上野介に忍傷に及んで切腹した際、同寺に供養塔が建てられた。そして2年後に打入りを果たし、大石内蔵助らが切腹した後、その遺髪が寺内に葬られたとのこと。瑞光院は、昭和37(1962)に山科に移転して現在に至っている。そういった縁もあって、毎年1214日には義士まつりが開催されるのであろう。

 とはいえ、私が小学生の頃にはそんな行事はなかった。今年は第42回というから昭和49年(1974)から開始されたことになる。山科地区の一般の人が、大石内蔵助など四十七士に扮して毘沙門堂から岩屋寺まで練り歩く。四十七士ではないが、瑤泉院やおかるといったゆかりの人物も歩く。途中で、子供(幼稚園児)達が、子供歌舞伎も披露する。写真でもわかるかと思うが、東映太秦映画村も協力して衣装をそろえる。なかなか本格的である。見物客も多く、すっかり名物になった印象である。しかし、最近は資金不足で寄付も必要なようで、いずこも大変だなと思ってしまう。
 
太田 20161204日 




毘沙門堂出発!
どうでもよいが、この場所(正確には写真右下付近)は、
鬼平犯科帳最終回の冒頭シーンの場である。





2016年12月2日金曜日

「天才の生まれる風土」とは?

 先日、たまたま手にした藤原正彦著『国家の品格』(新潮新書)の中に、興味深い記述を見つけました。
 「天才は人口に比例してあちこちから出現しているわけではない。どんな条件がそろうと天才が生まれるのか」という問いを携えて、藤原氏は天才数学者の生まれ育った故郷を訪ね歩きました。そして、天才を生む土壌には三つの共通点があることに気づいたのです。その第一条件が『美の存在』。インドが生んだ天才数学者、ラマヌジャンが育ったクンパコナムという田舎町を訪ねて、その確信を深めたといいます。そしてこう書いておられます「このクンパコナムの周辺からは、ラマヌジャン以外にも天才が出ています。二十世紀最大の天体物理学者と言われ、ノーベル賞ももらったチャンドラセカール・・・(中略)・・・も半径三十キロの円に入るくらいの小さな地域の出身です。その土地に存在する美が、天才と深い関係にあるのは間違いないと思います」。
 チャンドラセカールは、「ブラックホール天文学」という学問分野を創始した人といっても過言ではないでしょう。その原点が美しい田舎町にあったと知って、妙に親近感を覚えたのでありました。
 さらに藤原氏は、日本はその『美の存在』する国であると論を進めるのでありました。まさにその通りだと実感します。写真は数年前、5月半ばに長野県の上高地を訪れたときの写真です。まだ観光客も少なく、草木がようやく長い冬の眠りを終え芽吹き始めたころ、朝の散歩をしていると、樹上では小鳥がすんだ声でさえずり、地上ではニリンソウが慎ましやかに緑の絨毯に白いアクセントをつけています。とうとうと流れる梓川の川辺からふと見上ると、穂高連峰が朝日に美しく映えていました。まさに『美の存在』体験でした。
(嶺重 慎)


5月の上高地風景