2017年11月10日金曜日

車を買うならゼッタイ新車!か、ゼッタイ中古車!か


 リーダの長田です。

 表題とは全然違うところから漂ってきて全然違う終点へと漂って行ってしまうのが私の文章で、今回もそうなのです、すみません。電波天文学の偉い先生がおられました。とってもとっても面白いオジサンという容貌やら話し口だけでなく、私は心から尊敬しておりました。

 いくつもの語録があるのですが、その中から一つだけ。
車を買うなら絶対に新車だ、3年かそこらで乗り換えて行くんだ、という人たちがいる。日進月歩の技術の最新のものでなくっちゃ、他人が乗っていた車になんか乗れるか、自分の好みのオプションや色を自由に選べる、売って買い換えて行けば結局安くつく・・・。一方、車を買うなら絶対に中古車だという人たちがいる。掘り出し物を見つける楽しみがいっぱい、納車まで何か月も待つなんて耐えられない、買った瞬間に何十万円も市場価値が下がるようなものに100万も200万も投資なんてできるか・・・。そしてどちらの人たちも必ず言うのだ、中古車(新車)を買うやつの気が知れない。だけど、ちょっと考えてみてほしい。そういう「やつ」がいるからこそ、あなたのカーライフは成り立っているのですよ。

 さて、結婚式の披露宴で新郎新婦の面白いエピソードが聞けるのはとても楽しいもので、そういうのがなかったら披露宴に行く魅力が半減すると思います。これは皆さん同意してくださると思います。ただ、招待状にスピーチをお願いします、と書かれていたら、102日のブログの山本さんならずとも「スピーチ前はテーブルに並ぶフルコースの味も分からなかった」という状態になりません? ホントにあれだけはやめてほしい。

 また話題は変わって、日本赤外線学会というのがありまして、その定例の「研究発表会」に1026日に行って来ました。若い人の発表を中心としてポスター講演があり、そのかなりの部分が「講演番号[Px]の前にがある講演は,優秀発表審査の対象です.」となっています。そしてポスター講演に関しては、最後に優秀発表を表彰してお開きとなります。優秀発表賞を受賞するのは栄誉なことだし、私たちもそれを見ながら「うんうん、あのポスターは良かったな」というのも楽しみです。ただ、その段取りをつけて審査をするのはホントに大変なことであります(私は表彰委員会に属してます!)。

 審査されると言えば、私たち研究者にとっては科学研究費。その締切が最近ありましたが、審査する側というのもきっと大変なんでしょうねえ。それだけじゃなく、論文のレフェリーにしても、結局は研究者がお互いに労力を割き合ってピアレビューというのをしているわけです。自分のことだけを考えて一所懸命に申請書を書いているとたぶんダメで、審査する立場の人は大変だろうなあ、そういう人にどうわかってもらおうかなあ、ということまで考えて書けば、良い結果につながりやすいんじゃないでしょうかね。

 さらに、私たち人間というのも宇宙に属しているはずなんで、こういう望遠鏡を作ってこういう装置を作ってこういう観測をすれば、宇宙はその秘密を明らかにしてくれるんじゃないだろうかなあ、と思って研究してるんですけどねえ。宇宙のことが良くわかってないからでしょうか、なかなかその魅力を私たちに簡単には教えてくれないですねえ、そこがまた魅力なんですが。


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2017年10月27日金曜日

3.8m望遠鏡の愛称募集!

こんにちは。広報・サイエンス担当の野上です。

さてさて皆さん、始まりましたよ~!何がって?いやいや、とぼけてもらっちゃ困りますね~。アレですよ、あれ!
そりゃもう、もんのすごいアレ!って、えーと、何だっけ?
、、、すみません、くだらないことで字数を稼いでしまいました。

ということで(どういうことや?というお約束のツッコミを入れつつ)、我らが3.8m望遠鏡の愛称募集が始まりました!
(パチパチパチパチ)皆さまぜひぜひよい愛称を考えて、どしどしご応募下さい!!このブログを直接ブックマークされている方は、
の「お知らせ」のところをご覧下さい。

世にある大きな望遠鏡には結構いろんな名前がついています。
日本が誇る口径8.2mの望遠鏡@ハワイ観測所は「すばる」。そう、清少納言が枕草子で「星はすばる。」と書いた、昔々から日本人の大好きな天体です。
 兵庫県立大学西はりま天文台にある口径2mの望遠鏡は「なゆた」。一十百千万億兆京、、、と続く数の単位で、とーーーーっても大きな単位が那由他。広大な宇宙を表している感じがしますねー。無量大数にしないところが少し奥ゆかしい。というか、語呂の問題ですかね。
 広島大学東広島天文台の1.5m望遠鏡は「かなた」。これも宇宙の彼方を見る望遠鏡ってことなのでしょう。
 北海道大学附属天文台の1.6m望遠鏡は「ピリカ」。アイヌ語で美しいという意味だそうです。響きもかわいいですね。
 宮城県の仙台市天文台にある1.3m望遠鏡は「ひとみ」。これもかわいい響きで、意味としてもまさに望遠鏡にうってつけな名前です。
 国立天文台石垣島観測所の1m望遠鏡は「むりかぶし」。これは沖縄言葉、いわゆるウチナーグチですばるのことなんだそうです。

3.8m望遠鏡にも、ぜひ皆さんの思いのこもった名前をつけてあげて下さい!採用された愛称を提案してくださった方には、それはそれは素晴らしい記念品(注意:まだ決まっていません)を全員にお送りします。そして抽選で1名の方のみですが、来年春頃を予定している、3.8m望遠鏡を中心とする京都大学岡山天文台の開所式にご招待いたします!


では皆さま、どうぞよろしくお願いいたします。




ドームに収まった3.8m望遠鏡。
これは鏡が載る前の珍しい写真。
今後、各種の調整が行われていく。






2017年10月11日水曜日

秋の日はつるべ落とし?

 プロマネの栗田です。

中秋の名月が過ぎ、夏に比べて日の短さを実感する頃かと思います。もちろん日の短さでいえば冬至のころが北半球ではもっとも短いのですが、秋の太陽の特徴を表す言葉として「秋の日はつるべ落とし」があります。これは太陽がまるで井戸のつるべが落ちるかのようにあっという間に地平線に沈み、夜になってしまうことを指します。より実感としては、夕焼けが短いことを指します。こどものころ日が暮れても少しでも外で遊んでいたかったですよね。そんなとき、秋の夕暮れはあっという間に暗くなり、田んぼの畔や川の堤防を慌てて走る・・という情景です。天文学では日没後から空が完全に暗くなるまでの間を薄暮といいます。薄暮の理由は、日没後でも上空の大気や雲に太陽光が当たり、それらが地面を照らしてくれるからです。

しかし、地球の自転する速さ、つまり見かけの太陽の動く速さは季節に依らず同じなのに、どうして秋だけこの夕暮れ時間が短いのでしょうか。気のせいなのでしょうか。いえ、実際に薄暮の時間は秋(9月から10月ころ)の方が夏よりも25分ほど短いのです(東京でのデータ)。しかしその理由を解説した書籍等を知りませんので、ここで考えてみたいと思います。

下の図は太陽に左側から照らされている地球だと思ってください。日の当たる左側半分が昼間で右側半分が夜です。夕暮れはこの間にあるオレンジ色の帯状の部分です。地球は自転しながら太陽の周りを公転しています。この自転軸が傾いているので季節が生じます。図では季節ごとの照らされ方と自転軸の関係を示しています。黒の楕円はちょうど赤道上(例えばシンガポール)の人の動きだと思ってください。こうしてみると夏至や冬至ではこの人は昼と夜の境を斜めに横切っているのが分かります。一方春分や秋分ではこの境を垂直に横切っています。つまりそれだけ短い時間で横切るので秋分のときの夕暮れは短くなります。これをもう少し分かりやすくしたものがさらに下の図です。自転軸が横倒しになった場合(左図)、赤道上の人は永遠に夕方です。逆に自転軸がビシッとまっすぐ立った場合は最短時間で夕暮れの帯を通り抜けます。

ここで気づくことは春分も秋分の時と同じではないか、ということです。はい、調べてみると確かに春分と秋分の薄暮の時間は同じです。というわけで「春の日もつるべ落とし」です。推測ですが夏から日が短くなっていく効果もあって、秋にのみこの表現が生まれたのではないかと思います。


ちなみに東京では夏至、冬至、春分と秋分の薄暮の長さはそれぞれおよそ1時間49分、1時間32分、1時間25分だそうです(あまり差がないので昔の人は感性が豊かですね)。夏至と冬至がずいぶん違うのは、東京がシンガポールとは異なり中緯度にあるためだと推測します。










2017年10月2日月曜日

序論、本論、チョコケーキ

惑星観測装置担当の山本です。

 本ブログ記事公開日は922日なのですが、「去る秋分の日」に25年来の友人の結婚式がありました。これまでの私の人生もそれなりの長さがあるのですが、どういう巡り合わせか一度も「友人の結婚式」に参列する機会に恵まれず(親族や先輩方などはありましたが)、本人も含めて結婚という話題に触れる機会もほぼなかったのですが、今年に入って怒濤の勢いで身の周りが「結婚」「結婚」「結婚」です。すべてが私と同世代と言うわけでも無く、今回私の友人1組に加え、前の研究室時代の後輩4(予定も含め関知している限り)が式を挙げたり入籍を果たしています。

 後輩らに関しては、社会に出て数年が経ち生活が落ち着いてきて、と言うパターンや、学位を取ったので、というパターンのようです。いわば「適齢期」なのですが、今回の友人は特に研究職とは関係もないので私の「学歴」等とは関係なく、今単純に「ブーム」なのかも知れません。総務省統計局のデータによると平成27年時点でほぼ15年間にわたり婚姻数は減少を続けており、これまでの実感となんとなく合う(物理学者ならぬ感想)のですが、今年の統計が出る頃には、もしかしたら増加しているのかも知れません。

 さて、これまで参列したことのある結婚式は、ただ写真を撮って飲み食いに興じて終わり、という形態だったのですが、今回の結婚式は25年来の友人のもの、と言う事で、友人代表スピーチの役割を任せていただくことになりました。大体3ヶ月ほど前にその話を貰い、そもそも友人代表スピーチとは、と言う事から考え、形態やマナーを調べ、ようやく原稿ができあがったのは挙式1週間前だったのですが、前日になって大幅に改訂を加えたりしたので、当日は原稿に時々目を落としながら、と言う事にはなってしまったのですが、参列した他の友人からも「あんなにちゃんとしたスピーチとは思わなかった」と言ってもらえたのでひとまずは安心しました(言外の「もっと笑いを取れよ」という言葉は聞こえなかったフリをしておきますが)。近年はそもそも家族婚などの小規模な式で済ませる傾向もありますし、今後はなかなか機会に恵まれないであろう貴重な体験でした。スピーチ前はテーブルに並ぶフルコースの味も分からなかったですが、スピーチを終えた後のデザートの甘さが非常に沁みました。甘いは幸せです。


デザートのオペラケーキ。最優秀パティシエミッシェル・ブランのもの

 普段研究者などは、学会や研究発表などでは10分から15分、勉強会などでは1時間〜1時間半の発表をすることは多く、大体これくらいの時間内に「導入」「方法」「結果」「考察」などをおさめることには慣れています。一般論としてご存知の通り、スピーチの時間はあれもこれもと長くすることは簡単ですが聴衆から嫌われ、短ければ短いばなるほど好かれますが話をまとめることが非常に難しくなります。研究論文などもさっと簡潔に重大な発見を書けることが望ましいですが、我々装置開発などの場合はあまりに簡潔すぎると追試をしてみたくても詳細が不明であったり参考文献の列が膨大になってしまったり、あんばいが難しいです。

 まあしかし、私の今回の話も半分与太話になってしまったので、長くなりすぎないところでお開きとさせていただきたいと思います。

それでは!




2017年9月8日金曜日

「マタイ受難曲」

光学など担当の岩室です。

今回は音楽の話題です。
私の所属している京都混声合唱団では現在、バッハのマタイ受難曲の練習をしています。この曲はクラシック宗教音楽の最高峰とされる曲の1つで、演奏速度にもよりますが全曲を省略なく演奏すると3時間半もかかる非常に大きな曲なのと、ソリストが多かったり古楽器や少年合唱が必要になるなど、演奏会としても通常より費用のかかるものとなるため、永く合唱を続けていてもなかなか演奏できる機会のない曲です。私は30年前のまだ学生だった時代に京都混声で一度歌っていますが、その際は何が何だかわからぬままに終わってしまったので、今回は曲を良く理解して歌いたいと考えています。

マタイ受難曲は、新約聖書の「マタイによる福音書」にあるキリストの受難を宗教音楽にしたものですが、神の子であるキリストの崇高さに対し私利私欲にまみれた民衆や、自己保身を悔いる弟子の心情など、非常に奥深い人間の深層心理が緻密に設計された音楽で表現されています。
例えば、曲の要所要所で「コラール」と呼ばれる讃美歌をベースとする曲が入るのですが、その内の幾つかのグループはそれぞれ共通の旋律が引用されています。実はそれぞれの場面で訴えたい内容が歌詞だけでなく、共通するテーマに対しては同じ旋律が引用されており、それぞれの旋律には共通の概念が与えられています。何となく感じてはいたのですが、知れば知るほどこの曲の奥深さには感心してしまいます。
「マタイ受難曲 解説」でネット検索すると多くの文書が出てきますので、来年の本番までにはまだまだ勉強のしがいがありそうです。

演奏 CD としては30年前に大枚はたいて購入した1980年のリヒター版(LP 4枚として出ていたものをこの頃登場した CD 3枚に焼き直したもので、ペーター・シュライヤーやフィッシャー・ディスカウなど当時のビッグネームによる名盤です)を持っていて、何十年ぶりに取り出したところ、高級品ゆえに入っていたスポンジがCD本体と反応して悲惨な状況になっていて大変ショックでした...



あまりにがっかりだったので、箱とケースと解説書は置いておいたものがこの写真です。箱入りの CD なんていうのは後にも先にもこのマタイだけです。何とか中身だけでも取り戻したいと思っていたところ、今のご時世ちゃんと YouTube 1980年のリヒター版が出ているのですね。YouTube で "Matthaus Passion Richter" で検索すると 58年版(一部不良あり)71年版(ビデオ)80年版が全て聞けます。私としてはやはり昔聞いていた80年版がリヒターの集大成のように感じて一番しっくりきますので、とりあえずこれで復元しちゃいました。

京都混声の演奏会では演奏に合わせて50インチモニタとパワーポイントで歌詞対訳や挿絵の表示を行っています。準備したデータを見返したりしながらマタイに対する理解を深めようとしているのですが、まだどうしても理解できないのが60番のアルトのアリアです。キリストが十字架にかけられて大変重苦しく悲惨な状況にあるのに、なぜか歌詞や音楽としては涼やかで軽やかなものとなっています。キリストが超越した存在だからこそこのような表現になるのでしょうが、キリスト教の信仰が深くないと根底からは理解できないのかもしれません(ちなみに私は無宗教です)


世の中にはオタクと呼ばれる人々がたくさんいますが、研究者はその分野でのオタクですし、上記マタイ受難曲の研究をしている人たちもオタクです。まあ、こういうオタクの存在する分野はそれだけ奥が深いということですね。




2017年8月25日金曜日

果報は寝て待て

  今日は五山の送り火である。大文字山の大の字の一部に白いテントが張られ、遠目にもいつもと雰囲気が違う。銀閣寺門前では護摩木に願を書く人が群れ、午前中には大勢の人が山に上って行く。が、今回は、天文学の話をする。

 20163月のブログで、「ALMAでは採択された観測課題を申請者本人が観測することはない。観測所が責任をもって観測を実施してくれるのである。」そして「ALMAでは、観測終了後のデータ処理までしてくれるのである。」と書いた。確かにそうなのだが、ALMAに採択された観測申し込みには3段階ある。グレードAが最高位で、これで採択されると、最優先課題として観測が実行される。気象条件などでその年(サイクル)に観測が実施できなくても翌年(次のサイクル)に持ち越してもらえる。グレードBはこれに次ぐ優先課題であるが、翌年への持ち越しはない。この下にグレードCがあって、グレードABの課題が気象条件などで観測できないとか、そもそも観測天体がないといった空き時間を利用して観測を行うというものである。従って、観測が実施される保証もない。Filler(埋草)とも呼ばれ、運がよければ観測が実施される。

 さて、この20177月半ばに、ALMAから「Dear Kouji Ohta, This is a notification for project 2015.1.01129.S, PI: Kouji Ohta.」というメールが来た。一瞬何のメールなのか飲み込めなかったのであるが、20154月にALMAに申請していた観測課題のデータが用意できたというお知らせらしい。この観測課題は20158月にグレードCで採択されたもので、20162月頃には「観測できるかもしれないので、観測諸元を指定したファイルを準備せよ」という指令が来た。これは、どっかに隙間時間ができたら観測するからその観測の諸元(例えば1回の積分時間、分光器の詳細設定等々)を最終的に決めて、ファイルとして作成し、ALMAに送れという指令である。観測される可能性があるので、喜んで準備して送り、ALMA側でも設定をチェックしてもらい、少しやり取りがあったのを思い出した。ところが、その後何の音沙汰もなくなったので、結局隙間時間はできなかったのだろうと思って、諦めていた。1年たった20172月頃まで何事もなく、さすがにサイクルをまたがることはないので、すっかり(?)忘れてしまっていた。そしてそれから約半年後に急にデータの準備ができたという知らせが来たので、「?」となったという次第である。後になって考えると、最近ALMAでは取得できたデータの処理が追いつかずデータ配信が滞る状況があると聞くのでそのせいかもしれないと思い至ったが、今回の理由は知らない。

 数日後にデータのありかを示すURLが送られてきて、これを取得した。大きなデータであり、1日近い転送時間がかかったが、なんとかダウロードして、その後CASAというソフトを使って簡易的にデータの様子を眺めたところ、所定の周波数に信号が見えていた(図)。しかも、予想とは少し違う強度分布を示していたので、なんか面白い結果になっているのかもしれない。解析はまだ準備中であるが、楽しみである。「観測しない観測」だと、観測データは忘れた頃にやってくることがある。まるで棚ボタ気分である(七夕ではない)。果報は寝て待てということか。


太田 2017816


簡易画像。見ても何かわからないかもしれないけど、赤っぽい部分が信号に対応する。


 

2017年8月3日木曜日

伊根町での出前授業

 日本天文学会では、研究者と市民をつなぐ取り組みの一つとして、毎年七夕の季節に、全国の研究者が小中高校などに出向いて七夕や宇宙の授業をする取り組みを行っています。京都大学の宇宙グループも京都府教育庁と連携して、京都府内の学校数十校から要請をうけてスタッフや院生を派遣してきました。
 今年、私は7月7日(金)に丹後半島の北東部に位置する伊根町の伊根小学校を訪問しました。



 
 京都駅を7時過ぎに出て、天橋立駅に着いたのが9時半。わざわざ校長の齊藤先生にお迎えいただき、伊根小学校までの風光明媚な道のりのドライブを楽しみました。伊根町といえば「舟屋」が有名ですが、校長先生に展望台にまで連れていっていただき、町の全貌を見ることもできました。
 伊根小学校は、明治6年開校といいますから、140年以上の歴史を誇る小学校です。全校生徒数は100に満たないこぢんまりとした学校ですが、こどもたちはみな元気で、大きな活力を感じました。そして私もリフレッシュしました。
 まず3・4年生を相手に、夏の星座や宇宙生物探しの話を45分、休みを経て5・6年生向けに太陽や宇宙にあるものについての話をやはり45分しました。教科書的な知識でなく、こどもたちがわくわくしそうな話をこころがけたつもりですが、うまくいったかどうか。やはり宇宙人の話はどこでも受けます。
 もうひとつ伊根小学校の特徴は「美味しい給食」です。「日本一の給食でたくましい伊根っ子」をスローガンとしていると説明を受けました。地元の食材を生かしたその給食を、私も生徒たちと一緒にいただくことができました。食事のあと、授業の感想や質問など聞きました。知らないことがたくさんあった、宇宙に行ってみたくなった、など楽しい対話のひとときを持ちました。

 この場を借りまして、お世話になりました伊根小学校の先生方、京都府教育丁のみなさまがたに、厚く御礼申し上げます。

(嶺重 慎)